Profile

                                   田原音彦  宮城県仙台市出身 山羊座 O型 

 

 

幼少の頃より、嫌々クラシックピアノ、ソルフェージュ、音楽理論などを習わされる。

そのうちに、ラジオから聴こえてくる洋楽ポップスに夢中になり、

耳で覚えながらピアノで弾き語ることを繰り返すうちに、知らぬ間にポップスに於ける

演奏の仕方や歌い方を身に付けたものと思われる。

 

高校在学時より、バンド、作曲、ライブ活動を展開し、

CBS SONY SDオーディションで、全国大会に出場。

高校を卒業と同時に上京し、アルバイトをしながら音楽活動を続ける。

 

当時、東芝EMIレコード会社のディレクターと知り合い、デモ楽曲をスタジオにて、

初めて本格的なレコーディングを体験するもデビューには至らず。

しかし、このデモ音源がもとで、まだデビュー前の徳永英明氏のバックバンドに誘われ、

音楽業界入りし、ミュージシャンとして活動をスタートさせる。

 

その後、山本英美氏、伊藤敏博氏、来生たかお氏、などの仕事を経て、                                              

1989年、シングル「逢いにいきたい」で、ファンハウスよりアーティストとしてデビュー。

アルバム2枚、シングル5枚を発表するも、全く売上げが伸びず、制作のあり方を巡って

出版社と対立するようになり、事実上、解雇される。

 

それ以降のアーティスト活動を断念せざるを得ない状況の中、友人の紹介で

当時、若手のキーボード奏者を探していた、作、編曲家でベーシストの、後藤次利氏の                              

スタジオセッションに呼ばれ、一応合格、ということで、以降、後藤氏の手掛ける作品に

数多く参加させて頂くようになり、一流のスタジオミュージシャンとのセッションや

編曲を任されたり、緊張感溢れる厳しくも楽しい現場をこなしていくことで、

貴重な経験を積み上げていく機会を得、およそ10年に渡って音楽ビジネスに関する多くを学ぶ。                             

 

数々の仕事の中でも、特筆すべきは 柳ジョージ氏のレコーディング、コンサートツアーに参加

出来たことである。サウンドプロデューサー、編曲家に故・大村憲司氏を迎えての、豊かな歴史観に       

裏打ちされた楽曲制作に携わることが出来たことは、いかに偉大な先達が素晴らしい音楽の歴史を

編み続けてきたか、を再認識する上で与えられた恩恵は、測り知れないものがある。

これらの10数年に及ぶ期間に学んだ全てのことが、現在の私の音楽制作に於いて、その

クオリティやマインドの核となる部分を形成しているものである。

長きに渡る音楽ビジネスの混迷や、時代背景、即ち価値観の多様化、高度情報化、供給過多など                         

数々の問題の中、現在では、原点に立ち返って、音楽のよりメッセージ性に重きを置いた在り方を

模索する一方、若手の育成にも、独自の視点から関わっている

 

〜主要参加アーティスト〜

牧瀬里穂、藤谷美和子、沢田研二、大友康平、日高のり子、とんねるず、森口博子、神山剛、Let It Go、                

池田聡、椎名へきる、O.P.D.,WINK、国武万里、石川さゆり、大橋純子、工藤静香、アンルイス、古内東子、                       

ブレッド&バター、緒方恵美、三宅愛、YOU、坂井真紀、吉川晃司、稲垣潤一、吉野沙香、八島順一、  

カルメンマキ、柳ジョージ、 e.t.c.... 

 

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